「第三次災害支援活動 完了」

第三次災害支援活動52日間。完了いたしました。
でも、それはこの第三次活動が終わっただけで、能登半島広域にはまだまだ支援を求めておられる方がたくさんいらっしゃいます。その事が本当に良く解った活動と言えます…。発災から間もなく1年ですが、復興へのスタートラインに立つ事さえ出来ていない地区がたくさんあるのです。
正直、活動を終えて帰る事には無念すら感じています…「まだ出来る事がある…何とか出来ないか?延長できないか?」と自問自答を繰り返して来ました。でも今の私にはこれが限界のようです。達成感はありません。むしろ非力さを痛感しています。
だけど、惜しみないご支援ご協力そして協働によって共に歩んでくださった仲間みなさまに心から感謝しています。

土砂降りの冷たい雨の中で笑いながら、馬鹿な事を言い、泥だらけになって、また笑って…。時々泣いて。この仲間の存在が無かったら私は何も出来ませんでした。ありがとう。

▼ 出発の朝。ダンプに重機バケットや工具類を積み込もうとしたら、何かがぶら下がっている!?何だ??

▲ 武田さんが夜中に来て括りつけてくれた「温泉水」でした!セメントと泥で指や足の皮膚がガビガビになてしまっている私の指に塗布すると角質が綺麗になるので本当に助かります><。富山市と氷見市久目地区…結構距離があります。〝何でこんなにも人に優しくあるのか?〟他者に尽くすエネルギーに触れ、私もしびれまくっています。ありがとう。

▼ 見送られるのってあまり得意ではないので、そ~っと帰ろうと思っていたのですが、カフェ風楽里の上野さん(氷見市久目地区社協会長)から「10時から弊店で朝ごはんいかがですか」とお誘いを頂きました。既に氷見インターまでダンプを走らせていたのですが、氷見南インターで降りて触坂(ふれさか)にあるカフェ風楽里へ…。

▼ 上野さんのお母様が「どうしてもご挨拶させて頂きたくて」とお店に来てくださいました。「櫻井さんのお顔を覚えて置かなきゃ」と身に余る労いのお言葉を頂きました…。私の顔と言うのは、共にこの地を支え合った活動者様みんなの事です。どうも私はいつも〝一番おいしいところを持って行く〟役回りが多くて恐縮です(笑)。みんなで支えたふるさと。

▼ 当団体の現地参謀。ヨット仲間でもある新田さんの待つ「有磯海サービスエリア」に立ち寄りました。参謀として毎日欠かさずメールを下さり、バックアップサポートの体制を確保して下さっていました。何度も「無理はいけません」と仰られましたが、一度たりとも「諦めろ」とは言われませんでした。支えがあればこそ、バックアップがあればこそ、ファインプレーが出来るんだ…そう実感しました。

▼ 雨と泥でダンプ上の重機が横滑りします…途中、大雨の中でロープで固定しました。力み過ぎたのか?右目から出血(^^;さすがに驚きましたが休憩回数を増やしながら7時間かけて無事帰宅。飼い猫に「シャー」っといわれ落ち込むも、チュールやシーバでご機嫌を取る。

第三次災害支援活動は52日間。これまでに第一次活動が38日間、第二次が46日間なので、通算136日の活動でした。でも能登半島に今も暮らされている方々にとっては今日で338日目(12/3現在)です。絶望感を抱えながらも、挑み続けておられる方々。耐え忍ぶだけではなく、復興の為に命がけで生きておられる方々。果たして本当にそのような方々のお役に立てたのだろうか?有難迷惑になってはいないか?…正直私には解りません。

活動地をダンプで駆け抜けていると、知り合った数々の方々とすれ違います。クラクションで挨拶!手を上げて挨拶!。いつのまにか知り合いだらけになった。輪島の仮設風呂でも常連の一人になっていた。「お!久しぶり!」とイケスで作られた湯船で情報交換をした面々…お互い名前も知らないけど、人生の一遍は知っている。不思議なヒューマンスクランブルだった。
輪島のコンビニの駐車場に止め、買った弁当をダンプで食う…店員が〝ありがとう〟と言って期限の迫ったおにぎりを持ってきてくれた…有難かった。「初物やから食べて!」と〝香箱ガニ〟をくれた輪島のご家族…「うちはトイレは大丈夫やったからいつでも使って!」と近隣ボランティアに貸し出してくれたご家族…。怪我した私を治療しに駆けつけてくれた富山市の接骨院の先生(武田さん)。絶望的な状況の現場に惜しみないパワーを以て駆けつけてくれた災害支援メンバー。泥だらけになった重機を1時間半も洗い続けてくれたボランティアセンターの副会長…。氷見ベース滞在中、毎日ご飯を届けてくれた保護猫の会の会長…。毎日お酒と笑顔を届けてくれた久目地区社協の上野さん。ガソリンスタンドの店長がくれた温泉券…。

書ききれない。「一体何なんだ!?」と思う程、人を感じられる時間だった。まだまだ人は行ける。逃げ場がないような状況でも挑み続けられると言う事が愛なんだと確かめる事が出来ました。

第三次「能登半島災害支援活動」完了

2000年に若気の至り?で歌った曲「愛が時代をつくるとき」。当時若造だった私の言葉が嘘じゃなかったのか?本当だったのか?と言う事を試す思いもありました…。今年56歳になりましたが未だ本当かどうかは解りません。解らないからまだ挑むのかな…。絶大支援を下さった仲間、今も被災地で挑み続ける多くの皆様にエールと感謝を込めて。

<活動資金援助>※2024年10月1日~12月2日
今回はカンパお願いを致しませんでしたが、当方活動に対し多大なるご支援を頂き誠にありがとうございました。確実に被災地に役立ててまいります。

・村井啓一様(東京都品川区:株式会社日本ホリスティックアカデミー
・赤い羽根共同募金ボラサポ(令和6年能登半島地震 活動助成申請中)
・チーム今乃内様(当団体関東スタッフ一同)
・西田美樹子様(埼玉県戸田市:セラピースペースLuz
・佐藤裕子様(埼玉県:テルミー療術師)
・前田順子様(東京都:テルミー療術師)
・山本久美子様(東京都:IT企業社員)
・片岡敏久様 千恵子様(長野県:日置電機株式会社OB)
・西嘉一様茂子様(長野県:長野県工科短期大学講師)
・中村靖智 様(長野県佐久市:自動車整備工場 N-TECH

・中川真由美様(長野県:M&Fアート企画ピアニスト)
・槙井ひとみ様(奈良県奈良市:阪神淡路大震災時のボランティア仲間)
・珊瑚珠色様(奈良県生駒市:レインボウオーブ/公認心理師
・貝塚久美子様(神奈川県横浜市:看護師 Dear La mere ディア ラメール