想いを継ぐ者~序章~

想いを継ぐ者~序章~

ヨットを探していた。
Coo(インペリアル23・2スト8馬力船外機)
でこの近海をクルージングするのに限界を感じていた。
Cooの置いてある湯浅湾は、紀伊水道に面している。
絶えず北か、南へ1~2ノットの海流が有る。
大阪湾・瀬戸内海へ出ようとすれば、友水・鳴門海峡と言う難関を通らねば成らない。明石海峡もその一つだ。
機走5ノットのCooにとって逆潮の海峡は、難敵である。通過するだけで2,3時間掛かる事もある。時には止まってしまう事も。
サラリーマンの私は、老人の様に潮待ちをしていたら、
短い休みに何処にも行けない。
逆潮の中、遠ざかる白いセイルを眺めながら、大きい艇がほしいな~と思うこの頃である。
しかし中古艇情報などに出てくる艇には、手が届かない。
手が届いても係留場所が無い。
で、始めたのが、港めぐり。
和歌山は、海岸線が、複雑なので小さな漁港が無数にある。
1,2艇は、ヨットが舫われている。
湯浅の行き帰りに覗いてオーナーが来ていれば話をした。
あわよくば、係留場所ごと譲って貰おうと言う作戦である。
海南市、黒江もこのルートの中に有る。
埋立地に囲まれた旧海岸の岸壁に無数のヨット、ボートが係留されている。
此処には、海南ヨット倶楽部があり、10数艇が係留されている。ある日、何時ものように岸壁に座り係留されている艇を眺めていた。と、ヤマハ23の艇の上に居た初老のオーナーと目が合った。ヤマハ23は、希望艇では無いが情報を貰えるかも知れない。目が合えば、「シメタ」である。
即座に「こんにちは」と声を掛ける。「こんにちは」が帰って来たらこっちのものである。即座に「いい艇ですね」と
必ず褒める。(実際綺麗な23だった)インペリアルより下は、まず無いので間違いでは無い。
オーナーは、「そうでも無い」と、嬉しそうに言う。
友達に成ったので、湯浅のCooの事、大きい艇を探して居る事を言う。
すると、つい先日ヤマハ30を手放したと言う。
共同オーナーが降りたので、係留場所ごと売りに出したが、艇だけ持って行かれたと。係留場所を売りに出したが、
買い手が付かず、自分でヤマハ23を買ったと言う。
返す返す断念である。もう少し早ければ、ヤマハの30が、無理なら係留場所だけでも欲しかった。後悔は、尽きない。
でも、艇も、係留場所も手に入らなかった事が、定め、
又は、運命の出会いへの序章だった。
ヤマハ23のオーナーと仲良く成った。
レイジージャックの取り付けも手伝った。

ある年の暮、夕食後ヤマハ23のオーナーから電話が有った。
海南ヨット倶楽部の会長から回ってきた話だと、前置きをして。
海南ヨット倶楽部の宮井さんと言う方が、ヨットを譲る相手を探していると、
艇はブルーウォーター33。良くは知らなかったが、凄い艇らしい。将来、小笠原や沖縄に行くため整備をしていた。
セイルを新調し、ドジャーを付け、
エンジンも3GMのセイルドライブに載せ替えた。
しかし、癌に成ってしまった。リンパの癌。
来週には、入院すると言う。
退院出来ないかも知れないと言う。
自分が手入れしてきた艇が放置されたり、知らない所で知らない人に渡るのは耐えられない。
せめて外洋を目指している人に手渡したい。
しかし、余にも時間が、無い。
そこで、倶楽部の会長に譲る相手を探して欲しいと頼んだ。
会長は倶楽部全員に当たり、「条件に合う乗り手を探して欲しいと」しかし、外洋に行きたい思いが無かったり、既に持っていたりで、中々条件に合う者が見つから無かった。
そこでヤマハ23のオーナーは、会長に私の事を話した。
そして、私に話が回って来た。
今から話をしとくから、明日にでもでも電話して欲しいと。

想いを継ぐ者

あくる日、昼過ぎ、教えられた携帯に電話を入れた。
「話は、聞いているので、会って話がしたい、今夜7時に艇で待っています。」
夜7時、黒江、その艇は、ヤマハ23の2艇隣に静かに槍着けされていた。
舷窓の灯りが水面に映って静かに揺れている。
「今晩は~」と声を掛けるとキャビンからオーナーが顔を出し、「上がって下さい」と言う。
中に入ると、まず 総木製ニス塗のキャビンが目に入って来る。全てチークらしい。アンティークのランプが灯っている。
テーブルを囲む様にコの字型のベンチが有る。
対面に座り自己紹介をする。

自分の艇の事、行った海域、Cooの限界
そして、夜が更けるまでお互いの夢を語り、想いを伝えた。
帰り間際「急だったのでお金の工面をするので少し待って下さい」と言う私に オーナーから4桁の番号が、伝えられた。
「明日から自由に使って下さい。」

数日後、名義変更も終わり 自分の艇になったBWを訪れた。
キャビンは、先日来た時其のままだった。
本棚には、数冊の港湾図とヨット関連の読み物が置いてある。
作り付けの小さな棚に洋酒の瓶が並び。
ギャレーの戸棚には、食器が揃っている。
今、直ぐ、此のまま航海に出れる。
想いの全てを引き継いだと、改めて感じた。

ブルーウォーターの事

設計者 故 武市俊氏によると、目指したのは、パワフル
な帆走性能と居住性を持つオフショア・レーサー。
レーティングを下げることによってレースの勝率を上げるより レーティングは高くともそれを上回る性能で長期の航海に楽しく挑戦できるボートに成ることが私の願いである。

全長  10,0m
水線長  7.8m
幅    3.1m
喫水   1,8m
排水量  4,7t
バラスト 2,4t

排水量は、喫水線の設計上の重量なので、エンジンを換装し艤装を施し燃料・荷物を満載した
現在の重量は、5tを越え6t近い。
本船の引き波程度は、波を押し潰して進む感がある。
元々は、外洋レーサーで有るが、私のは、後期に作られたクルージングタイプである。
其の為、キャビンは、バースの数より居住性に重点を置いている。初代オーナーがグァムへ行ったらしい。
その時にマストを1m切っている。それでも強風下の帆走は、パワフルで強気である。

筆者 湯浅Cooⓒ2017 All Rights Reserved.